某所コピペ

一つですがかなり長いです。

鞄作りの同業者として俺が体験したことを書いておきたいから
ちょっと長くなるが聞いてくれ。
 
2年半くらい前にヤフオクである工作機械をいくつか落札した。
結構大きさのあるもので普通なら送料も相当かかるのだが
たまたま住所が近い人がまとめて出品していたので
自分でトラックで引き取りに行くつもりでその出品者から落札したんだ。
 
その工作機械っていうのは皮革の裁断機やミシンなどで
家庭で使うような代物じゃなく、プロが工場で使うものだ。
新品で買うと相当な値段だが、当時鞄デザイナーとして独立して
新たに工房を構えようとしていた俺には新品など手が出るはずもなく、
中古の物でも格安で手に入ることになったのは大変ありがたかった。
格安といっても全部で20万円ほどかかったが。
 
約束した日時にトラックに乗って指定された住所まで行ってみると
通りからは普通のこじゃれた新しい一軒家に見えるが、やはり庭の奥に小さな工房が有る家だった。
ヤフオクに出品していた人は女の名前だったが、伺った家で対応してくれた人も女の人で、
しかも想像より若く、俺の少し下で25,6才といったところか。
職人系の人の持ち物だとばかり思っていたので意外に思って聞いてみると
亡くなった父親が仕事で使っていたものらしい。
一年ばかりそのまま置いといたが残しておいても使わないので処分することにしたらしい。
 
前の工房の持ち主は几帳面だったらしく全てが整頓され片付いていた。
俺は落札した機械いくつかを苦労してトラックに積み込み、
そのほかにもこまごまとした道具や、余ったらしき革などの材料(これは持って帰っても使えなかったが)を
おまけで頂いて、ついでに少し工房内の掃除をして
丁寧にお礼を言って家に帰った。
思いのほか時間がかかってしまったのでトラックから荷物を降ろしたのは次の日だった。
 
自分の工房といったところで雨風を辛うじて凌げるくらいの小さな貸家の小さな庭に
これも中古で買ったプレハブがひとつ置いてあるだけの本当に小さな工房だ。
床だけは重い機械が乗せられるように強化してあるが、ドアひとつ、窓ひとつのプレハブで
夏は相当暑くなるだろう。
その工房に買った機械を運び終え、ホームセンターで買ってきた材木で棚や作業代などを
作りつけ、やっと製作にかかる準備が整った頃、
工作機械の出品者からメールが来た。
 
メールに書いてあったのは
彼女は高校まで実家で暮らし、大学、就職ともに東京だったので1人暮らしをしていて、
実家に帰ってきたのは去年父親が死んで母親1人だけになってしまったからだということ、
無口だった父親とはあまり仲が良くなく、子供の頃は仕事場も住んでいた家とは違う場所に構えていたので
あまり仕事をしているところを見たことも無く、
父親の作った鞄もあまり使わずにブランド品ばかり使っていたこと。
等等が言い訳のように書いてあって、そして最後のほうに
父親が使っていた機械をどういう風に使うのか、それでどういうものが出来上がるのかもう一度みたいので
一度俺の工房に伺ってもいいか。というようなことが書かれていた。
 
俺にはまったく断る理由も無く、家もそんなに離れていないので
週末に約束をして迎えにいき、家もボロい所だよ、とあらかじめ言い訳めいたことを言って工房に連れて来た。
まだ準備ができたばかりだったので作りかけのものすらなく、貰った革を使って
買った機械や、工程の説明をしながらキーホルダーを作ってあげた。
それでもそんなに時間もかからなかったので、インスタントのコーヒーを出して
なんとなくお互いのことを話し始めた。
最初はお互いの年齢など当たり障りのないことを話していたが(ここで彼女が同い年だと言うことがわかった)
彼女はメールに書いてあったような経歴を話し、俺になんで鞄デザイナーになろうと思ったかと聞いてきた。
 
俺の実家は隣の県にある。工房の場所を探していたときに今の土地に移ってきたのだが
実家にいた小学3年生くらいの頃、軽いいじめにあった。といってもそんなに深刻なものではなく、
すぐにいじめの対象がほかに移り、それもすぐに無くなってしまった位のものだったのだが
その過程で俺のランドセルに傷がつけられた。今思うとたいした事ではないのかもしれないが
当時の俺は泣きじゃくって学校に行きたくないと散々ごねた。
親はランドセルを買った近所の小さなお店に行き、もう買ってから年数が経ってしまっているが
直してもらえないだろうかと頼むと、店のご主人は快く引き受けてくれた上に
ランドセルが無いと学校に行くのも大変だろうから最優先でやってあげようといってくれたらしい。
驚いたことに、次の日の朝早く、店のご主人がランドセルを自宅まで届けに来てくれた。
傷を直した場所は新しい革に変わっていたが、目立つことも無く、まるで最初からそこにあったかのように馴染んでいた。
全く魔法のようだった。
 
俺は喜んでランドセルを背負って学校に行き、その日家に帰ると母親と一緒に
かばん屋までお礼と、代金を支払いに行った。かばん屋は小さなお店兼工房になっていて
男の人数人が働いていた。代金を支払ってお礼を言うと作業中だったご主人が よかったな、と俺に言った。
母親がお店の中に陳列してある鞄を見てまわる間、俺はご主人の仕事をずっと見ていた。
革を切ったり金槌みたいなので叩いたりしているのを見るのは楽しかった。
この日以降も何回かこのお店に遊びに行った。たいてい友達と一緒に行ってただ見てるだけだったが
ご主人は嫌がりもせず、他の職人さんたちも優しくしてくれてたまに余った革の切れ端なんかをくれたりした。
この時くらいからはっきりとした物ではなかったが漠然と鞄職人にあこがれていた。
 
そんな話をしていると彼女が実は…と切り出した。
少し前から考えていたそうだが、彼女も父親のような職人になりたくて
専門学校に行くことを検討しているという。
そこで独立したての俺にいろいろ聞きたかったらしい。
俺も大学を中退したあと専門学校に2年通い、その後ひとの工房に入って数年修行したあと独立した。
そのことを話すともう資料も取り寄せてあり、入るならここかなとあるデザイン形の専門学校の名を口にした。
もともと鞄作りを勉強できる専門学校なんてそんなに多くない。
ある程度予想していた通り、そこは俺が出た学校だった。
彼女は誰かに最後の一押しをして貰いたかっただけらしく、そこそこいい学校だったことを言うと
もう入学することを決めたみたいだった。
 
彼女が専門学校に入学すると俺たちはなんとなく付き合うようになっていた。
俺の仕事は独立したてにもかかわらずそこそこ順調で、営業をかけたいくつかのお店で取り扱ってくれていた。
個人工房の強みでお客さんの要望に有る程度答えてセミオーダーのような形で鞄を作ることもあり、
結構な値段がするにもかかわらず独立して一年ほどで固定客も付き、利益を出せるようになっていた。
その頃には彼女も頻繁に工房に来るようになっていたし、ちょっとした作業を手伝ってくれることもあった。
逆に俺が彼女の実家に遊びに行き、たまに彼女の母親と三人で食事をするようなこともあった。
 
あるとき、三人で食事をしていたとき、俺の小さい頃の話になった。
俺が住んでいた町の名前を言うと彼女の母親はあらっというような顔をして
父親の工房もそこにあったと言う。デパートなどの店卸が主な仕事だったが
工房にも少し商品を置いて販売していたらしい。はっとして彼女の顔を見たがまだ気づいていないようだった。
俺はどきどきしながら工房の場所と様子を聞いた。遠い記憶でお店の名前は忘れてしまっていたが
話してくれた工房の場所は間違いなく俺が子供の頃に通ったあのかばん屋さんだった。
俺がこの仕事に就くきっかけを作ってくれたのは彼女の父親だったのか。
 
それから俺は興奮して思い出すままにいろんなことをしゃべり続けた。
ランドセルを直してもらったこと、彼女の父親が仕事しているのを見ていたこと、
革の切れ端を貰って大事にしていたこと。
彼女はそういった話はまだ母親にはしていなかったらしく、また彼女も父親の仕事場にあまり行ったことが無かったので
いままで結びつかなかったらしい。
聞くところによると彼女と両親は今よりも隣の県に近いところに住んでいて、父親は俺の実家の近くの工房まで通っていた。
60歳を過ぎて今までの工場は人に譲り、今住んでいる所に家と小さな工房を建てて移り住み、
鞄作りは小さな規模で細々とやっていくつもりだったらしい。
それが引っ越してそう日も経たないうちに残念なことに亡くなってしまった。
小さな工房はそれから一年くらいそのままだったが機械類は置いておくよりも使ってもらったほうがうかばれると思い、
ヤフオクに出品したところ買いに来たのが俺だった。
 
そのあたりまで話した頃にはもう三人ともぼろぼろ泣いていた。
母親なんか俺の手を握って娘をおねがいしますみたいなことを言ってるし。
でもさすがの俺もこれには運命的なものを感じずにはいられなかった。
今までより彼女が大切に思えたし、亡くなった職人であった父親から
意思をついで立派な職人になれって言われている気がした。
 
この春、専門学校を卒業した彼女と結婚します。
俺の実家につれて帰ったときに彼女の父親の昔の工房を見に行ったら
名前を変え、店舗部分を少し大きくしてまだ営業してた。
今の店主に彼女は昔のこの店の主人の娘であることや、結婚すること、俺が小さい頃遊びに来ていたことなどを話した。
驚いたことに今のご主人は彼女の父親の元で働いていた職人さんの1人で、
小学生の俺に革の切れ端なんかをくれていた人で、ご主人は俺のことも覚えていた。
世間の狭さにまたひとしきり感動して、同業者としてこれからよろしくお願いしますと挨拶をして店を後にした。
 
狭い工房と貸家だけど4月から彼女と夫婦二人での製作と生活をスタートします。
手作りの良さと、彼女の父親から受け継いだ職人の心を忘れずにこれからもがんばろうと思う。
書いているうちにだらだらと長文になって申し訳ない。
才能のある作家なら小説がひとつ書きあがるくらいの、作り話みたいな話だが
どうみても作り話です。ありがとうございました。

明日が4月1日なので許していこう。